サービスとして、夢を語ろう。

僕は、リハビリテーションを医療から産業へと変えようとしてる。






それは「治療」という施しから「サービス」として提供する変化。
非日常で受けるモノでなく、日常に寄り添うモノである考え。
専門という希少価値から、共有する情報としての日常性。
悪くならずにすむのなら、それが一番イイと思うから。






そのデザインが出来るのは理学療法士かなと。
すこし奢っているだろうか。まぁ…ご勘弁を。






リハビリテーションを大事に考えてくれる人が
みんなの暮らしの中に役立つ人になっていくコト。






自分の健康や生活にリハビリテーションを必要とする人。
必要な人にリハビリテーションを提供するコトで暮らす人。






必要な人に伝え、提供出来る人を創り、それを繋いで生きる人。
そんな考え方ややり方を、みんなに解りやすく伝えて広めて






この国の毎日の底を、少しでも上げててくコトが生きる意味の人。






特別なモノから、普遍なモノへ。
医療から産業へ、という意味の背景にはそれがある。







この国は、今すさまじい勢いで色んなコトが変わってる。
国の一番偉い人がコロコロ変わるのはもういいとしても
人と人とのコミュニケーションや、大きな企業の業績や
子供の数と年寄りの数、電気の作り方に至るまで
ありとあらゆるモノがすさまじい勢いで変化中。






そしてそれを僕らはテレビやパソコンの画面を通して見てる。






自分のコトを、他人のコトの様にして見ている。






画面や文字や写真を通して伝わるコトが
自分のコトだとは思わない毎日を送ってる。
自分達の周りの変化に気付かないから
変化しなきゃ、とも思わないでいる。






変わらなければ滅びるとか
変わらなければもたないとか






そんなコトを言ってんじゃない。






矢印の方へ沿って生きていれば少なくとも間違いは無い。
誰かが指し示す正しい方向を探しつつ生きていれば失敗はない。
見える部分だけに力を入れさえすれば人に並んで生きてはいける。
世間体を判断基準にしていれば、別に謝って負けるコトも無いだろう。






ただ、未来を語るコトに緊張するコトは、ないかもしれない。






どうせなら、夢は持って生きていたい。
ずっと模範解答を探し続けて生きてくならば
自分の理想が模範解答になる生き方がしてみたい。
誰もやらないコトをやってる挑戦者の噂で生きるより
一度くらい噂の挑戦者になれるぐらいでいたい。






僕の夢は、リハビリテーションを産業にするコト。






非日常的な医療の中だけで施されるモノでなく
日常的にサービスとして提供される生活必需品。
人の毎日に、自然に溶け込んで使ってもらえるリハビリ。
僕が創りたいのは、そんな形なんだ。






最近創った一枚のラフデザイン。






これから僕が徹底的に余分なモノをそぎ落として
その人の暮らしに必要なモノだけにして
厳選して、厳選して、厳選していくんだって思いを
若干込めて創ってみた一枚(笑)






今日、それをお配りした時に嬉しい一言を貰えた。






「いつも、素敵なデザインのモノを作られますね」






そうです。
それが、僕の夢だからです。

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