成功が失敗を生む。

そう簡単に上手くいく事などない。上手くいってる様に見えるその裏側には、ものすごい数の失敗がある。最近よく思うのは、本当はその全部をしっかり表現してくコトなんだよなって感じる。



5年続けたイベントは5回とも成功。素敵な歴史だ。ただ、時間の経過と共に、僕の思う機会づくりとは大きく異なってった。足りないモノを創るんだと思って始めたコトは、いつしか、周囲の慣例行事になり、役所の管理下で運営し、ボランティアの学生にはノルマになった。規模は大きくなったけど、客がイベントの大小を望む訳でもない。ただ、最初の思いは、僕らがこの地域をこんなに大切に思っていますというコトを表現するコトだったから、ある意味、5年で目標を達成したは思う。つまり、「足りない」から「満足」には変える事はできた。



空間づくりも同じ。3年の歳月をかけて、人が集うかっこいい場所としての大枠は出来た。おそらく2つと同じ様な場所は無い素晴らしい空間を創る事は出来た。3年の歳月で、地域に、その場所の認識は進み、来てくれる人たちも成長した。ただ、僕らの能力がそこに追いつかないぐらいのスピードになった結果、場所や空間は進む話でなく、どうやって留まり守るか?に論点が変わった。事業であり組織である以上、それは仕方の無い事だと言われてしまえば返す言葉も無いが、少なくとも今は「地域リハデザイン」が主体ではない気がしている。



人を教えるという仕事もそうかもしれない。今、面白さや派手さだけを見せる事はできても、この仕事の本質を教えられる場面は無い。「こっちは嫌いだからこっちへ」という安易は発想の種を植え付けてしまった様な気もしないでもない。どんなに美しい曲でも、どんなに使い易い機会でも、それをそう感じるまでには恐ろしい数の努力と失敗と自分を客観的に見直す作業があって始めて触れられるモノだというコトを、僕は全部すっ飛ばして教えていた。ただ、それを全て教えるには、半年は短すぎるし距離が有り過ぎる。だから、教える事よりも受け止める側をしっかり創るコトが僕の使命と考え直すコトにした。



つまり、この仕事は
成功していくコトが、失敗を生むコトになる。
だからこそ、本物しか残らないし
残れないコトだってある。



産業、と聞こえは良くてもそれは責任ある自由の象徴だ。そこでの仕事ってそんなに甘くはないし、常に進むコトを意識しなくてはいけないし、常に留まれないという焦燥感と隣り合わせで生きていかなきゃいけない。誰かが自分を守ってくれるというコトもなく、自分で自分を守らなきゃ違う誰かに置いてかれていくコトだって当たり前の様におきてくる。



最近よく感じる。地域に行きたい、やってみたい、と言ってくれる若い人が増えたなぁって。自分に近い所だけでなく、日本中あちらこちらで、地域リハをやってみたいんですって若者とよく出会うんだ。振り返れば、何年か前の僕は、いつもそんなコトを夢見てた様に思う。若い人が、どんどん僕の仕事に興味を持ってくれて、今までから離れて、新しい「デザイン」という力を見つけていく世界が広がるコト。そして、その世界はもう扉が開いてるのかもしれない。僕は、なんとかその世界に辿り着いたのかもしれない。



だからこそ、それが小さな成功が無数に積み上がって辿り着いた事実とすれば、実は僕の中には自分自身への失敗の材料も沢山生まれている。正直、それも自覚している。



どんな仕事もそうだが、この仕事も難しい。



だからこそ安易に決めるな。



自分の中に理由を持て。

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