五つの鉢

観葉植物と空気清浄機の組み合わせで、葉っぱの緑色がすごい。人工的に作られた空気でも、綺麗であれば植物は活性化されるのだと実感する緑色だ。


studio greenが着々と出来上がってく。コロナウィルス第6波の真っ只中、主要スタッフが濃厚接触連発でお休みお休みが続く一方で、建物は3月末にも仕上がるそうだ。想像はしてたけど今は建物を着飾る各種の決め事に追われてる。


studio cloverを出る時、この空気清浄機で活性化した五つの観葉植物を持っていこうと思う。studio cloverの歴史がstudio greenに引き継がれていく時、汚れた何かを全て捨てて、新しい空気で一足先に元気になったこの「五つの鉢」を進化の象徴として持っていきたいのだ。


studio cloverの12年間は間違いではなかった。大事な場所で間違いなかったし、ここで過ごす毎日は本当に充実してた。でも、本当に正しかったか?というえば、そうでない気もしてる。結局、studio cloverでは「夢を見る側」と「現実の営む側」の利害の温度差を夢のパワーで埋めるコトはできなかった。重要なコトがもちろん会社である一方で、重要な理由が個人の現実であるコトにも嫌というほど遭遇した。人は、全てが行儀良くやれるワケでない。人生の質感を左右するモノも「夢」じゃなく「生きる糧」である時がある。晩飯の献立、オンオフと言いつつダラダラと過ごす休み時間、苦労の無い浮金や小銭がもまた人に取って生きる上で大事な事だ気づいた時、studio cloverはやり方が甘かったなと反省するのだ。


studio greenではその甘さを払拭したい。


たとえばで言うなら植木鉢を野放しにしないってコトだ。太陽と自然な水と空気で茎は伸びるが、茎を縛らなければ伸びる方向がめちゃくちゃになる。老いて枯れる葉は、他の葉に影響が出る前にその一枚だけを取って捨てる。もちろん、他の葉が病気が移る前に摘出して捨てる。不揃いな鉢では育つ植物の背丈がバラバラになる。統一された鉢が必要な理由は、植物の背丈を揃えるコトでなければならない。必ずしも自然でなくていい。だって今、僕の横では人工的に作った綺麗な空気で五つの鉢が美しく緑色に輝いている。一定の管理下に置くコトで五つの鉢は生まれ変わった。生命力に満ち溢れた。それは、studio cloverの再生であって、studio greenへの進化のシンボルになってる気がしている。


studio cloverは、自由と野放しを履き違えた場面があった。

studio greenは、美しい緑色であるために、光と水と空気を徹底的に管理する。


輝く緑色である為に、鉢の種類も置き場所も徹底的に吟味する。そこが、輝く緑色であってその美しい緑色を見る人々が感動するコトそのものが観葉植物の生産性である同じにstudio greenの生産性であるのだろうから。


人工的に作った綺麗な空気でも五つの鉢は緑色に輝くのだ。

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